「アフガン難民」と聞いて、どのようなイメージを持つでしょうか? マスメディアの影響で人それぞれ、あるイメージを持つと思います。私が現地で実際に見たり、調査をしたりして、感じたことは、難民といっても一概には言えないということです。昨年9月のテロ以降、難民になった人は全体の1割にとどまり、多くの人たちは農業立国アフガニスタンを襲った近年の大かんばつの被害によるものです。また、実際に難民キャンプといってもソ連侵攻時や内戦時代から古く続くキャンプの中には、既に敷地内でも電気・水道、はたまた商店が建ち並び、一つの経済が成り立っているものもあります。 では、今回のテロ以降、難民となった人たちはどうでしょうか。テレビで放送されるようなキャンプの大多数は、一定の治安も確保され、かつ国連などの支援が既に入っているケースが殆どです。しかし、一方でさまざまな理由により、上記の人たちとは異なり、難民にすら認定されない人たちがいるのです(実は、難民になるためには政府の認定が必要です)。そして、アフガニスタンの奥地には難民になることも土地を離れることも出来ない極貧の人たちが多くいます。本当に真っ先に支援が必要な人たちに、必要なものが最終的には行き届いていないという印象をこの国でも受けました(援助大国、日本も単にお金を出すのではなく、そのお金がどのようなことに使われ、本当に支援が必要な人に直接行き届いているか、そのルートの確保と最終的な確認・評価をすべきだと感じます)。 「本当に支援を必要とする人たちには支援が届いていない」という直感を私は出発前に持っていたので、実際に昨年の12月に訪れた所もまたそのようなキャンプでありました。そこにいる人たちに「外部からはじめて来た人」と言われたことがとても強く印象に残っています。マザーテレサは「愛の対極にあるものは無関心である」と伝えたように、誰からも気づかれない、存在すら認識されないという人たちが実際にいるのです。 ここで、私たちの活動について少し書きます。「支援の要らなくなる支援」「その国の人が本当に幸福と感じられる支援」私たちはこの二つを心がけて活動をしています。物をいくらあげても限りがあります。それどころか、逆に単に物をあげ続けることは、彼らの中にあるかけがえの無いものを消してしまうかもしれません。最終的には、己が自らの力で前に進もうとしなければ、何の意味もありません。 また、私たちが幸せだと思っていることをそのまま対象者に押し付けてはならない。彼らは彼らなりの幸福があり、それを無視することは、彼らの文化や尊厳を冒涜することになりかねません。 しかし、ここまでたいそう偉そうなことを書きましたが、実際はどのようだったかというと、とにかく、現地では砂漠に水を流すような、凄まじいほどの現実がありました。「逃げるように去らざる得なかった自分」「脳裏に焼き付いてる子どもの姿」「力が足りず無力感に震えた夜」。圧倒的な現実を前にして、私一人の力はあまりにも無力でした。 何度も目の前を通り過ぎた絶望と無力感。でもその無力感や己の非力さが実は今では私の原点になっています。人の幸福を守ろうとするならば、泥まみれになり、絶えられない孤独を知り、人の命のはかなさをしり、己の無力さに震え、歯を食いしばり、泣き叫んで、疲れ果てもうどうにもならんという、良い意味での「暗」が必要だと私は思うのです。そこからこそ、人の痛みを知り、人命のかけがえのなさを知ることができるのだと思います。人に対する思いやりもそこから生まれるのかもしれません。高みから手を差し伸べるのではなく、少しでもともに痛みを分かち合い、物資を届けることに勝るとも劣らない「何か」。そして、それはきっと現地の人たちの心にもきっと届くと確信しております。 何が成功なのか、本質を常に見極めながら、成功するまで行動し続けること、たとえ小さくとも確かな情熱と愛で、彼らの背中をそっと押せるような追い風になること。そう誓い、私たちは年末、再度アフガンを目指し、ひとつの約束を果たそうと思います。 |
@現地調査 A人脈とルート開拓 B1,500人の子どもを対象に教育支援(ノート、鉛筆、ボールペン、消しゴム、小型黒板などを一人一人に一式提供) C小麦約1トン・ミルク400箱の食糧支援 D希望支援 国際協力 風の会 会長:宮瀬 英治 |